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投稿日:
CTK News Staff
2009/02/28 9:17
木村熊二は、キリスト教の伝道師として布教に努める傍ら、 
日本に近代教育をもたらした教育者として
知られています。
明治26年に小諸義塾を開校し、
島崎藤村や丸山晩霞などを教師として招いて
勉学の道を志す青年たちに
近代教育の道を示しました。
「小諸義塾」は、明治39年に国家的な教育制度に阻まれ、
13年間でその歴史に幕を閉じましたが、
木村熊二の残した、教育者としての足跡はもちろん、
桃や苺の栽培方法を小諸に根付かせたことや
中棚荘の鉱泉を発掘したことなど、
数々の功績は今もなお語り継がれています。
「小諸義塾の会」は、熊二の功績を後世に伝えていこうと
市民有志で平成5年に発足したもので、
現在会員は、およそ40人です。
小諸義塾や、木村熊二、島崎藤村に関する調査・研究を
行っている他、
毎年熊二の命日にあわせ、熊二の雅号「蓮峰」を取って、
「蓮峰忌」として慰霊祭を執り行っています。
今日の蓮峰忌には、小諸義塾の会の会員ら
およそ30人が集まりました。
集まった人たちは、
全員で熊二の作詞した「小諸の春」を歌い、
その功績を偲んでいました。
続いて、会員の女性2人が、代表して熊二の遺影に、
花を手向けました。
また今日は、
平成12年から平成19年まで、
小諸藤村記念館と小諸義塾記念館の
館長を務めていた、
新井良男さんが講話に立ち、
館長として携わった中で、
島崎藤村や木村熊二について感じたことなどを、
話しました。
その中で、新井さんは、
「青年一人ひとりの人格形成に力を入れるなど、
最も必要な教育が小諸義塾にはあった。」と説明し、
「木村熊二と島崎藤村の2人が同時に、
100年も前の小諸義塾で、
若者たちの教育に心血を注いでいたことを、
今改めて感慨深く思う。」と話していました。
小諸義塾の会は、昨年、
15年に及ぶ、調査・研究の成果が評価され、
佐久地方の文化向上に貢献した
団体や個人などに贈られる
「山室静佐久文化賞」を受賞しています。
会では今後、島崎藤村記念館とも連携し、
木村熊二と島崎藤村の研究を進めながら、
更に会の活動を広げていきたいとしています。